雄琴温泉(おごとおんせん)は、滋賀県大津市(旧国近江国)にある温泉で、歓楽温泉のイメージが強いが、湖国随一の規模と歴史があります。
2006年10月27日に「地域ブランド」(地域団体商標)として認定されている。
<雄琴温泉(おごと温泉)へのアクセス>
鉄道:JR湖西線雄琴駅下車
車:名神高速道路京都東ICから西大津バイパス経由湖西道路仰木雄琴ICより国道161号を500mほど南下。
<雄琴温泉(おごと温泉)の泉質>
アルカリ性単純温泉(低張性アルカリ性温泉)
<雄琴温泉(おごと温泉)の温泉街>
普通の旅館・ホテルが10軒ほどが国道161号線の左右に林立する。比良山地の山麓沿いに建てられているため、琵琶湖など眺望に優れる。
一方、その南側の湖畔沿いに、関西最大級の特殊浴場群約40軒ソープランドがある。ソープランドに源泉がひかれているかは不明だが、前記の10軒の旅館等は大津市より源泉を引いている。尤も、特殊浴場と普通の旅館が共存している感はなく、地理的にも隔絶され、特殊浴場街は雄琴港より南側のごく一部の地域、一般旅館は国道の山側と港より北側に位置しており、混同されることは無いのだが、他県から見れば1km四方の温泉街が同一視されるのは仕方の無いことではある
近年は生き残り策として歓楽温泉のイメージ払拭を目指しており、各旅館とも団体客向けから女性客やファミリーなどをターゲットとした改装が相次ぎ、その成果が見え始めている。また、今後は最寄り駅の雄琴駅を「おごと温泉駅」に改称する計画があり、観光温泉としてのブランドを売っていく姿勢が見られる。
周辺には比叡山延暦寺やその門前町の坂本、日吉大社、堅田の浮御堂、園城寺(三井寺)、更に市街地には石山寺などがあり、歴史ゆかりの文化財が多く、観光拠点としては最適である。名物料理として鴨料理や近江牛料理などがあり、特に鴨鍋は雄琴を代表する味覚である。
<雄琴温泉(おごと温泉)の歴史>
今から約1200年前、伝教大師最澄が開いた湯といわれているが、次のようなエピソードもある。昔はこの近くに八つの頭を持つ大蛇が棲んでいたといわれ、その大蛇の棲む谷には念仏池という池があった。この池は病気に効くというので、村人は念仏を唱えながら賽銭を投げ入れていたという。この池が雄琴温泉の由来だという。
雄琴という地名は、平安時代の貴族、今雄宿禰の荘園があり、その「雄」とその邸からはよく琴の音が聞こえてきたことから、「琴」をとって雄琴と呼ばれるようになった。
戦後は交通アクセスの良さで関西の奥座敷として発展した。特に1970年代前半から団体旅行客が増加、それに伴い、大規模な風俗街も作られた。同時期に京都府からトルコ風呂(当時の名称)が締め出されたため、風俗店が生き残りをかけて当地に多数流入した。しかし、この風俗街は雄琴のイメージを著しく下げ、一時は旅行ガイドから雄琴の名は退けられていたり、時には「雄琴近隣で泳ぐと妊娠する」などと言った荒唐無稽な風評が飛び交っていた程である。 もっとも、2005年現在も神戸の福原と並び、関西の一大ソープランド街を形成していることは間違いなく、依然としてその方面からの集客力もさほど変わっていないとは思われる。
とはいえ、バブル崩壊の1990年代から観光客が減少、生き残りを図るため1990年代後半から各旅館が改装に乗りだした。同時に旅館名の変更も相次いでおり、「雄琴国際ホテルきくのや」は「暖灯館きくのや」に、「國華荘」は「びわ湖花街道」に、「ロイヤルホテル雄山荘」は「里湯昔話雄山荘」に改称したのは、これから観光、保養温泉として売っていく姿勢の表れである。また、各旅館がこぞって全室露天風呂付きの客室の新館や別館を併設したりしている。そういったハード面だけでなく、各旅館がこぞって、趣向を凝らした露天風呂や創作料理を提供したり、サービス改善に努めたりとソフト面の改善も進行した。これらの旅館同士の競争がいい相乗効果を生んでおり、着実にリピーター、新規顧客を増やし、安定した成長を続ける結果となっています。